2020.04.02

なり方、やりがい…レアなおシゴト図鑑 | Vol.9 クルティエ

世の中にはさまざまなシゴトがあるけど、なかには就職情報サイトではなかなか見つけられないものも…。そんなちょっと意外なシゴトについている社会人を紹介します。

ワイン生産者の思いを届ける
クルティエ

伊藤由佳子さん:プロフィール●食の専門出版社「柴田書店」に8年間勤務後、2004年フランスワイン輸入商社に入社。06年、フランスに2年間留学。帰国後、ワイン・料理専門の編集記者として『料理王国』、仏誌『Terre de Vins』などで活躍する一方、ワイン輸入仲介の個人事業「チワワワイン」の活動を開始。13年、株式会社チワワワイン設立。16年、酒類小売業免許を取得し小売販売を開始。クルティエとしてフランスの生産者と日本のワイン輸入業者の橋渡しをしている。日本ソムリエ協会認定「ワインエキスパート」、ル・コルドンブルー「フランス美食文化・言語ディプロム」、フランスパリ商工会議所認定「商業フランス語ディプロム」取得。

 

出版社を退職し、狭くて窓のないシェアオフィスでワインの仕事をスタート

 

――「クルティエ」とはどのようなお仕事なのでしょう?

農家や醸造家などのワイン生産者と輸入業者の取り引きを仲立ちする仕事です。生産者と輸入業者のマッチングを行うだけでなく、ワインについて情報を集め、適正な取引量などのアドバイスをしたり、両者のコミュニケーションが円滑に行われるためのさまざまなサポートをします。フランスのクルティエの歴史は中世に始まり、とくにイギリスにワインを多く輸出していたボルドー地方では、ワインの流通においてクルティエが大きな役割を果たしてきました。
※フランスでは農林水産省管轄の免許を取得した者が「クルティエ」と呼ばれ、総数が定められているが、業務独占資格ではない。日本で同様の業務を行うための資格、免許はなく、以下の文中の「クルティエ」は日本での名称

日本でクルティエとして仕事をしている人はまだわずかですが、数名存じ上げており、取引先のワイナリーの地域や量、扱うワインなどにそれぞれの得意分野があります。私の場合は地方の小さなワイナリーのオーガニックワイン(有機栽培で作られ、フランス、EU共通のオーガニック認証を取得したワイン)やビオディナミワイン(オーガニックワインの自然な作り方をさらに突き詰めたワイン)を中心に扱っており、現在お取り引きがあるのは40生産者ほど。輸入業者は10社ほどです。

 

――ワイン関連のお仕事に就いた経緯を教えていただけますか?

新卒で食の専門出版社に入り、編集者としてさまざまな飲食店やワイン関連の業者さんを取材するうちにワインが好きになり、ワインエキスパートの資格を取るほどのめりこむようになりました。ワインには気候・風土、栽培方法、醸造法などその味が出てくるためのさまざまな変数があります。それを想像した時に、頭の中にそのワインが育った場所の情景が浮かぶのがすごく面白いなって思ったんです。そんなときに、仕事を通して知り合ったフランスワイン輸入商社の社長さんから「東京支店を立ち上げるので、手伝ってもらえませんか?」と声をかけていただいて、転職しました。

 

――フランスワイン輸入商社ではどのようなお仕事を?

最初は営業でした。東京支店の社員は私ひとり。オフィスも自分で探してきて、狭くて窓のないシェアオフィスで仕事を始めました。勤務先の会社は当時ワイン輸入事業を本格化したばかりで商品の種類が少なかったので、フランス語を話せる社員と一緒にフランスのワイナリーを巡り、商品開発をしたりもしました。

東京のお客さんに合いそうな商品を探し、次は販路の開拓をするわけですが、右も左もわからなくて。人づてにフランスワインに力を入れている専門店や酒問屋さんを紹介していただいて、試飲してもらっては商品にまつわるいろいろな話をして営業しました。都会の真ん中をワインを詰めたカートを引きずって歩いている人を見て、かわいそうに思ってくださったんでしょうね。皆さん親切にワインや流通のことを教えてくださって、本当にありがたかったです。

 

畑の土壌、醸造の特徴、生産者の人柄…。ワインの味を形作る要素をしっかり伝えたい

 

――フランスワイン輸入商社を退職後、2年間フランスに留学されていますね。

私ね、もともとはフランス語がほとんど話せなかったんです。だけど、ワインの仕事に携わるうちに、生産者とより深くかかわるには語学力も必要だと痛感して。南フランスのエクス・アン・プロヴァンスと、美しい発音のフランス語を話す人が多いと言われる、西部のアンジェの語学学校(ロワール地方の西部アンジェカトリック大学付属語学学校)で学びました。アンジェの語学学校は大学付属だったので、商業フランス語の資格を取得できたり、フランスの歴史や文化、美術を学ぶことができ、とても役立ちました。ただ、勉強は大変でした。カトリックの女子寮に住んで、朝8時から夕方6時まで授業。それでもたまにワインの展示会に行って勤務していた輸入商社から頼まれたワインを探したり、個人的にワイナリーを巡ったりもしていました。

 

――帰国後は?

勤務していた輸入商社にフランスで知り合った生産者を紹介したりしてクルティエとして活動を始めましたが、仕事として成り立つほどではなく、フリーランスの編集記者として料理やワインの記事を作っていました。自分で企画してフランス各地のワイナリーのワインと家庭料理を取材したりして、我ながらかなり気合いを入れて仕事をしていたと思います(笑)。ただ、取材を通してさまざまな生産者と知り合ううちに、もっとガッツリとワインにかかわりたいという気持ちも強くなりました。そんなころに来日生産者の通訳を頼まれる機会が増えたのですが、自分でも意外なほど通訳にやりがいを感じて。なぜこんなに楽しいんだろうと考えてみたときに、私は生産者がワインに込める思いを伝えるのがすごく好きなんだと気づいたんです。

 

――それで、やはりクルティエ一本でやっていこうと。

いやいや、現実がそんなに甘くないことはわかっていました(笑)。だから、ほかの仕事も続けながら、本当に少しずつクルティエの仕事の比重が大きくなっていった感じです。

クルティエは仲介業ですから、その必要性を感じない輸入業者や生産者もたくさんいます。とくに日本ではあまり知られていない職種なので、「右から左に商品を流すだけの仕事」と受け取られてしまうことも多いのですが、私にしかできないことがあると思って仕事をしています。それは生産者の情報をきちんと伝えること。展示会でいいなと思ったワインがあっても、それをそのまま輸入業者に紹介することはせず、自分でワイナリーに行って生産者と話し、畑や醸造所をこの目で見てから紹介することに決めています。また、情報は資料にまとめ、輸入業者にお渡ししています。

 

――先ほど資料を見せていただきましたが、ものすごい情報量ですね。

ワインというのは嗜好品なので、情報や情景を一緒に飲み、それを売るもの。畑の土壌、醸造の特徴、生産者の人柄といったそのワインの味を形作る要素を、飲む人たちそれぞれにしっかり伝えたいんです。

 

生産者と輸入業者の持続的な関係性をいかに作るか

 

――クルティエとして仕事をするうえで、最も大事にしていることは?

生産者と輸入業者の持続的な関係性を作ることです。というのも、私がおつきあいさせていただいているのは小さな生産者なので、一つひとつの取り引きが死活問題なんです。

 

――そうでしょうね。

外国の輸入業者が直接取り引きで南仏の小さなワイナリーのワインを大量に買い、家族中で喜んだのに、契約の行き違いできちんと支払ってもらえず倒産して、オーナーが自殺してしまったというような話も聞きます。悲しい話ですが、なぜそういうことが起きるかというと、輸入業者とワイナリーのコミュニケーションの問題が大きいんです。

私が仲介した案件からコミュニケーションの行き違いの例を挙げますと、よくあるのが、日本人の輸入業者の社長さんが軽い気持ちで「O.K.」と返事をして、フランス人の生産者が契約が成立したと勘違いしてしまうパターン。日本ではトップが「O.K.」と言っても現場での調整がうまくいかなければ契約成立に至らないこともありますが、フランスでは経営トップの判断は絶対なので、生産者からすると「社長がO.K.と言ったのに、話が違うじゃないか」となるわけです。また、商品に求めるクオリティに日仏で差があることも、問題になりがちです。そこをお互いが理解し合えるよう調整し、持続的な関係性を作るのがクルティエの大きな役割です。

 

――クルティエに必要な資質は何だとお考えになりますか?

ワインの知識について常に学ぶことと、「舌」だと思います。「舌」というのは、単に味の違いがわかるということではなくて、輸入業者さんがどんなワインを欲しがっているかがわかるということ。それがなかなか難しくて、相手に「何が欲しいですか?」と聞くだけではわからないと思うんですよね。「この業者さんは今後この味が必要になるだろうから、これを勧めてみよう」というところまでわかっていたいと私は考えています。

あとは、さっきお話ししたコミュニケーションの力やしっかりとした情報を集める力も大事だと思います。それから、なぜこのワインを紹介すべきなのか、なぜこの味が生まれるのかなどを考える力。私もまだ修業中ですが、こうした力のベースは会社員時代に鍛えていただいたなと感じています。コミュニケーション力や情報収集力、考える力といったことはどの仕事でも大事なので、社会に出たら、意識して磨いておくといいかなと思います。

 

――最後に収入についても教えていただけますか?

人によってさまざまだと思います。私の場合、フランスから帰国した当初の売り上げは30万円ほど。経費を差し引くと、赤字でした。今は、何とか都内にひとり暮らしをしたとしてもやっていけるかなというくらいの収入です。大きなワイナリーと大量の取り引きをするようなスタイルだとまた違うのかもしれませんが、私のように地方の小さなワイナリーを紹介したいという場合、儲かる仕事とは言えません(笑)。

ただ、外で食事をしているときに、自分が紹介したワインをたまたま隣の人たちが楽しそうに飲んでいたりすると、本当に幸せな気持ちになります。あと、思いもかけないような高級レストランのワインリストに入っていると知り、生産者と「私たちはとても行けないのに、あの子はこんなに出世をして」と喜びを分かち合うことも。

生産者の生活を預かっている責任もあるので、今はこの仕事を長く続けていきたいですね。そのために小売りも少しやろうと酒類小売業免許を取ったり、飲食店営業許可を取得してワイン会をときどき開いたりしています。私は犬を飼っていて大好きなので、夢は愛犬家が犬連れで参加できるワイン会を開くこと。小さなワイナリーのお父さんやお母さんが丹精込めて造ったワインを愛好家の方々はもちろん、いろいろな方たちに楽しんでほしいと思っています。

 
※本文は2019年取材時の内容で掲載しております

取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子