2020.03.26

なり方、やりがい…レアなおシゴト図鑑 | Vol.8 映像翻訳家

世の中にはさまざまなシゴトがあるけど、なかには就職情報サイトではなかなか見つけられないものも…。そんなちょっと意外なシゴトについている社会人を紹介します。

 

映像の外国語を訳し、端的に表現する 映像翻訳家

伊佐山 公美さん
プロフィール●神奈川県横浜市出身。父親の転勤に伴い10代の5年間を米国・カリフォルニア州で過ごす。上智大学外国語学部フランス語学科卒業後、ソニー・ミュージック・エンタテインメント株式会社、ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社に勤務。会社員時代に映像翻訳に興味を持ち、専門学校の夜間クラスを受講。2004年よりフリーランスの翻訳者として主に海外ドラマの字幕翻訳に携わる。最近手がけた主な作品は『グッド・ワイフ 彼女の評決 Season 1〜7』、『Banshee/バンシー Season 1〜4』、『シェイズ・オブ・ブルー ブルックリン警察 Season 1〜2』、音楽ドキュメンタリー『ダフト・パンク ドキュメンタリーUNCHAINED』『エルヴィス・コステロ ドキュメンタリー』など。

 

苦手だった「ホラー映画」を翻訳者として見て気づいたこと

 

――映像翻訳家に興味を持ったきっかけは?

大学卒業後、エンターテインメント関連の2社で働き、仕事は充実していたのですが、とにかく忙しくて。結婚をしたこともあり、「手に職をつけて、もっと無理なく、長く働ける仕事がしたいな」と考えた時に頭に浮かんだ職業が、映像翻訳家でした。海外の映画やドラマを見るのが好きでしたし、当時勤務していた会社が映像作品の制作を手がけていて、映像翻訳の仕事に身近に触れる機会があり、「こういう仕事もいいな」と思ったんですね。会社に勤務しながら映像翻訳の専門学校に2年間通い、社会人10年目を節目に退職してフリーランスの映像翻訳家になりました。

 

――専門学校ではどんなことを学ばれたのですか?

映像翻訳には大きく分けて「字幕」と「吹替」があり、それぞれ文字制限などのルールや原稿作成の方法が異なります。それぞれの技術を学んだ上で、実際に映画やドキュメンタリーの作品を翻訳するクラスも受講しました。また、当時普及しはじめていた字幕制作ソフトの使い方も学びました。

 

――字幕制作ソフトではどんな作業ができるのでしょう?

字幕には人が読みやすいよう文字制限があり、字幕制作にあたっては、まず映像を見ながらスクリプト(セリフを文字に起こした台本)のセリフやナレーションを1枚の字幕ごとに区切る「ハコ割り」と、字幕の始点と終点、表示する長さを決める「スポッティング」という作業をします。そして翻訳した字幕を映像上に入力する、そのすべてをパソコンの画面上で行えるのが字幕制作ソフトです。私が映像翻訳を学びはじめたころはストップウォッチ片手にアナログで作業する人も多かったのですが、今ではほとんどの仕事で字幕制作ソフトが必須だと思います。

 

――お仕事はどう探したんですか?

勤務していた会社に出入りする映像翻訳会社の社長さんから「うちの仕事をやらない?」と声をかけていただき、最初はDVD作品の特典映像の翻訳をたくさんやりました。そのうちに人づてで取引先を紹介していただいて仕事の幅が広がり、現在は海外ドラマの字幕翻訳が中心です。映像や音楽を扱う会社でずっと働いていたので、人脈に助けられたところも大きかったと思います。一般的には、翻訳会社や字幕版の映像を制作する会社のトライアル(試験)に合格して業務委託契約を結んだり、翻訳学校からの紹介で仕事を得ることが多いようです。

 

――これまでに印象的だったお仕事は?

駆け出しのころに、ホラー映画の翻訳のご依頼をいただいたのですが、私はホラーが苦手で…。試写を見せていただいてもスクリーンを直視できず、最初は「お断りした方がいいのかな」と思いました。でも、いざやってみるとホラー映画というのはセリフが少なく、作業は他ジャンルに比べて短時間でできるんですね。深夜ひとりでヘッドホンをつけ、血みどろの画面を見るのはちょっとおぞましくはあるのですが、仕事としてはいい面もあるとわかり、「食わず嫌いはせず、いただいた仕事は何でもやってみよう」とこの時に思いました。

プライベードでは法廷ものやコメディ作品が好きなのですが、どちらもセリフが多い傾向があるので、翻訳に時間がかかります。特に法廷ものは専門用語がたくさん出てきますし、訳のニュアンスがちょっと違うだけでストーリーの理解に影響を与えてしまう。監修者がつき、チェック体制はクライアントが整えてくれますが、翻訳の最終責任者は翻訳家。やりがいがある反面、緊張する仕事ですね。あと、英語は地域によってなまりがあるので、ある英国人アーティストのインタビュー映像の翻訳を聞き起こしから担当した時は、言っていることがほとんどわからないことがあり、焦りました。

 

――そういう時は、どう切り抜けるんですか?

そのアーティストの出身地周辺に住んでいたことのある友人や知人を探し、教えてもらいます。映像の一部を編集してメールで送り、「ここ、何を言ってるの?」と聞くんです。インターネットのある時代だからできることですね。

 

 

デジタル化、配信サービスの普及…。時代に伴い、映像翻訳家の仕事も変化する

 

――映像翻訳のお仕事の大まかな流れを教えていただけますか?

字幕と吹替では作業内容がかなり違い、字幕の場合は内容を理解するために必要なセリフやナレーションをおもに訳しますが、吹替は台本を丸ごと翻訳する作業で、通行人の声など聞こえる言葉はすべて日本語にし、アフレコ(映像の収録後に俳優のセリフだけ別途録音すること)しやすいようト書き(脚本などでセリフの間に書き入れられる演出や状況を指定する文章)まで訳します。声優さんの口の動きとセリフを合わせる必要もあるため、録音に同席することも少なくないようです。

私の場合は海外ドラマの字幕翻訳が中心で、45分のテレビドラマ1話分、急ぎの時は2話分を1週間で納品するよう依頼されることが多いです。聞き起こしが必要な案件もありますが、たいていの場合はあらかじめスクリプトが用意されています。ただ、スクリプトと実際のセリフが異なる場合もありますから、スクリプトの文章をそのまま訳すわけではありません。字幕制作ソフトで映像と音声を聞きながら、「ハコ割り」や「スポッティング」をして字幕1枚ごとの文字数を決め、訳を入力していきます。納品後はクライアントの校正担当がチェックし、修正があれば直して字幕データが完成します。

 

――文字数にはどんなルールがあるんですか?

基本的なルールとしては、映像1秒あたり4文字で、1枚の字幕あたり2行まで。1行の字数は14文字程度。テレビドラマの場合は、劇場用映画よりも文字数が多めに設定されています。

ただ、私がこの仕事を始めたころに比べ、文字数のルールは多様化しつつあります。テレビ放送がデジタル化されて画面サイズが4対3から16対9になったり、パソコンで映像作品を観る人が増えたりとメディアや鑑賞方法の変化に伴い、「読みやすい」とされる字幕のスタイルも変わってきているからです。

 

――時代とともに変化したことはほかにもありますか?

いろいろありますよ。例えば、DVDに比べて大容量の動画を保存できるブルーレイディスクが登場したことで、特典映像の内容やメニュー画面の仕様が豊富になり、それぞれの特徴に応じたスタイルで字幕を作ることが求められるようになっています。また、かつてのように映像ソフトを買ったりレンタルする人は減り、海外ドラマも今は配信サービスが主流。1シーズン20数話を一気に公開することが増えているので、ひとりの翻訳者が短期で対応することは難しく、分業が増えています。テクノロジーの進化に伴って、映像翻訳者に求められることや、仕事のスタイルはこれからもどんどん変わっていくでしょうね。

 

 

いい字幕は、存在を感じさせない

 

――ところで、映像翻訳家になるにはやはり高い英語力が必要なのでしょうか。

たくさんの英語に触れ、ひとつでも多くの単語やフレーズを知ることは大事だと思います。例えば、ある単語の意味をひとつしか知らないと、誤訳につながったりしますから…。映像翻訳では、オリジナルのセリフやナレーションの内容を制限された字数内で、わかりやすく、端的に日本語で表現しなければいけません。そのためには、ヒアリングやリーディングの力だけでなく、言葉の意味を全体のストーリーの中で解釈する力が求められます。また、英語力以上に日本語の力が重要な仕事だと思います。

 

――翻訳のスキルを磨くために心がけていることは?

英文・和文ともに新聞を読んで新しい言葉に触れたり、いろいろな本を読むようにしています。また、ほかの翻訳者の作品を見るのもすごく勉強になります。特に劇場用映画の字幕翻訳を手がけているのは力のある翻訳者の方たちばかりなので、映画を観るたびに「ほう、こう訳すのか」とうならされています。特にいい字幕だったなと思った時は、必ずエンドクレジットで翻訳者のお名前を拝んで帰ります(笑)。

 

――例えば、どんな映像翻訳者の作品が印象に残っていますか?

いろいろな作品が思い浮かびますが、松浦美奈さんの翻訳はどの作品も素晴らしいなと思います。たくさんの作品を訳していると、この言葉はこう訳すというような表現の癖が出がちなのですが、松浦さんの字幕は語彙(ごい)や言い回しが豊富で、言葉の選び方が的確。同じ“Yes”でもこんなに豊かな表現で訳せるんだなと刺激をいただいたりしています。

 

――字幕の表現というのは奥深いんですね。

はい。ただ、一般の方には何も考えず、ただ作品を楽しんでいただくのが一番。すっと読めて、存在を感じさせないのが、いい字幕だと思います。

 

――収入についても少し教えていただけますか?

ギャランティは作品の分数を基準に計算されることが多いです。例えば1分1000円なら、45分のドラマ1本で45000円。週に1本のペースで翻訳すれば、月に20万円前後の収入になります。単価はさまざまで、1分数百円という募集も見かけますし、1000円台を超える場合もあると思います。

 

――映像翻訳をやっていて良かったと思うことは?

海外の映像作品をいち早く見られるのは、やはり嬉しいですね。それから、幅広いジャンルの作品を見るので、視野が広がるのも良いところだなと思っています。プライベートでは観ないような作品を依頼され、「仕事だから」と見てみたら、意外と面白かったということもよくあります。

 

――最後に、これから社会に出る学生の皆さんにアドバイスをお願いします。

フリーランスや専門性の高い職業を目指すのもいいのですが、その前に一度でも企業で働いておくのはすごくいいことだと思います。学生時代には自分のやりたいことがはっきりしておらず、何となく就職先を決めたという人も世の中には多いはず。私自身もそうだったのですが、振り返ってみれば、それは決して悪いことではありませんでした。「わからないのだから、何でもやってみよう」という姿勢さえあれば、いきなり道を絞り込むよりも、たくさんの可能性に出合える気がします。

また、将来的にフリーランスとして仕事をするにしても、クライアントは企業であることがほとんど。組織の中で物事がどのように進められ、決定されるのかを何となく知っておいた方が、ひとりよがりにならずに仕事ができます。若いうちに企業で働き、いろいろな考え方の人たちがいるということを体感しておくことは、どんなキャリアを歩むにしても、必ず役立つと思いますよ。

 
※本文は2018年取材時の内容で掲載しております

取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子