2020.06.09

「ザ・サラリーマン」になっていたかも…!? Vol.12 書道家 武田双雲さん

さまざまな分野で活躍する有名人の方々を直撃インタビュー。

もしも今の仕事をしていなかったら、どんな職業を選んでいたかを想像していただきました。
どんなお話が飛び出すでしょうか。

 

Vol.12 書道家 武田双雲さん

NHK大河ドラマ『天地人』の題字やスーパーコンピューター「京」のロゴなど数々の作品を世に出し、米国やスイスで個展を開催するなど海外にも活動の場を広げている書道家・武田双雲さん。独自の世界観が注目され、執筆活動や講演でも活躍しています。

そんな武田さんが、もしも書道家になっていなかったら、就いていたかもしれない職業とは?

 

たけだ・そううん●1975年、熊本県生まれ。東京理科大学理工学部卒業。3より書家である母・武田双葉に師事し、書の道を歩む。大学卒業後、NTT入社。約3年間の勤務を経て書道家として独立。独自の創作活動で注目を集め、NHK大河ドラマ『天地人』、世界遺産「平泉」、 スーパーコンピュータ「京」など数多くの題字、ロゴを手がける。全国で個展や講演活動を行うほか、テレビ出演も多数。海外にも活動の場を広げ、 2013年には、文化庁より文化交流使の指名を受け、日本大使館主催の文化事業などに参加。19年は2月に米国・カリフォルニア州で個展を開催したほか、9月にはスイスで開かれる現代アートのフェア「アート・チューリッヒ」に出展。著書は30万部を超えるベストセラーになった『ポジティブの教科書』、『書の道を行こう 夢をかなえる双雲哲学』など50冊を超える。

 

――武田さんが書道家になっていなかったら、どんな職業に就いていたでしょう?

 
会社員のままだったと思います。NTT時代はすごく会社が楽しくて…。というのも、僕は「通信インフラ」という会社が世の中に提供するサービスに感動していたんです。昔ながらの電話の背景にある技術もすごいと思ったし、当時は通信業界のデジタル化が一気に進んだ時期でしたから、次々と登場する新しい技術にも常に心を躍らせていました。だから、「ザ・サラリーマン」として会社の素晴らしさを周りに伝え続けているでしょうね。

 

――そこまで惚れ込んでいた会社を辞めて書道家になろうと思ったのは?

書道家になろうとか、起業しようと思ったことはないんですよ。母が書道家で、書には親しんで育ちましたが、上京してからは筆を握ることすらほとんどありませんでした。ところが、社会人になってひょんなことから筆を取り出して書いてみたら、楽しくて。「武田くんは書道をやるらしい」と同僚たちの間に広まり、ある日、部署の何人かにお願いされて筆で名前を書いたら、そのうちのひとりが泣いて喜んでくれたんです。「自分の名前が嫌いだったけど、好きになった」って。
 

それまでの僕は周りからすると「ちょっと変わった人」で、何かをやることによって、誰かが泣くほど喜んでくれるなんてことはありませんでした。だから、ものすごい衝撃でしたね。これはもう、字を書いて生きていくしかないと思って、衝動的に会社を辞めました。その後、出合ったことを片っ端からやっているうちに「書道家」と呼ばれるようになったのですが、やってみてわかったのは、僕、「書道家」は向いてなかったんです。

 

――え!?

伝統的な書道を極めていく人にはなれなくて、真面目にやっているのに、「革命児」とか「個性的」と言われるんですよ。別に革命をするつもりはないし、個性を出そうとしたこともないのに(笑)。まあ、そもそも僕自身には書道家になったという感覚がないので、興味のあること、自分も周りも楽しくいられることをやってきただけなんです。2018年くらいからは書の文脈で画材を使って何かを描いたり、造形をすることにハマっています。そうしたら、海外からアートの個展のお話が来て、20年2月には日本でもアート作品を含めた大規模な個展をやることになりました。
 
学生時代、僕の美術の成績は5段階評価で1か2だったんですよ。みんながザリガニの全体像を描く中、素材感にひかれてはさみの部分だけ大きく描き、「これはザリガニじゃない」と先生に言われたのをよく覚えています。だから、美術には苦手意識があり、興味もなかったのですが、アーティストとして活動することになるなんて不思議ですよね。物事ってやってみるものだなと思います。一方、社会に出て20年以上いろいろなことをやってきて、自分が得意なこと、苦手なこともわかってきました。20年経ってようやくですけど(笑)。

 

――それぞれ教えていただけますか?

 
得意なのは、感動を人に伝えること。書道も、僕がやっていることはそれに尽きるんです。圧倒的に苦手なのは、同じ作業をじっと繰り返すこと。書道家になっていなかったら、今ごろ、会社が大好きな「ザ・サラリーマン」として楽しく毎日を過ごしていたはずですが、デスクワークばかりの仕事は無理でしょうね。できそうなのは、営業か広報かな。会社のいいところを見つけて感動しては、社内外で嬉々として伝えていたんじゃないかなと思います。

 

<就活生の「つぶやき」コーナー>

 

就職プロセス調査の回答者から寄せられた「つぶやき」にゲストが何か言ってくれるコーナー。

 

<武田さんチョイスの「つぶやき」>

就職活動が無事終わり、すでに来年4月以降の人生が不安です。これから40年間社会の歯車として生きていくことに耐えられるのか。

(就職プロセス調査 大学生・文系・女性)

 

 
就職活動、無事に終わって良かったですよね。来年4月以降の人生が不安かあ…。

 

 
将来が不安なのはわかります。不安がまったくない人はいないですもんね。

 

――武田さんも不安を感じることはありますか?

 
もちろんです。実は、2019年は僕にとって会社を辞めて以来の大きな転換期で、近いうちにアメリカに移住することを決めたんです。そのために、独立以来続けてきた書道教室を来年の3月末に閉じることにしました。海外移住の理由はこれといってなくて、何かに導かれるように。会社を退職したときと同じように衝動的なもので、大好きな教室を辞めてまでなぜと自分でも思いましたし、不安もありました。でも、突然、腹が据わった瞬間があって、辞めることを決めてからは穏やかな気持ちです。

 

――そうだったんですね。ところで、「社会の歯車として生きていく」ということについてはどう捉えていらっしゃいますか。

 
どんなにえらい人も、すごいと言われる人も、社会の歯車です。「人間」という字は「人の間」と書くくらいですから。「歯車として生きていく」というのはネガティブなことではなくて、どれだけ素晴らしい歯車になれるかで人生の豊かさは決まると思います。

 

――将来への漠然とした不安を解消するには、どうすればいいとお考えになりますか?

 
目の前の一つひとつのことを楽しむこと。そして、生活の一つひとつを丁寧に過ごすことを僕自身は心がけています。例えば、家族と仲良くするとか、日々のごはんを「おいしいなあ」としっかり味わうとか。真面目に物事をやるということとは少し違って、物事に否定的な気持ちを持たず、慈しむように受け入れる。もちろん、理想通りにはいかない場合もありますが、そういうちょっとしたことを繰り返していると、波動がよくなるというか、ネガティブな人や物事を引き寄せなくなりますよ。

 
※本文は2019年取材時の内容で掲載しております

取材・文/泉 彩子 撮影/鈴木慶子 

 

 

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