2019.05.07

INTERVIEW こんな人と働きたい!  Vol.13 いとうあさこ / お笑い芸人

    各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。

    「この人、何でこの仕事をやっているのかな?」と感じる人にはあまり近づかない


    いとう・あさこ●1970年東京都生まれ。89年私立雙葉高等学校、94年舞台芸術学院卒業。97年、お笑いコンビ「ネギねこ調査隊」でデビュー。2001年NTV『進ぬ!電波少年』の企画“電波少年的15少女漂流記”に参加。03年にコンビ解散後、ピン芸人として活動。NTV『エンタの神様』、フジテレビ『爆笑レッドカーペット』などのお笑い番組に出演しはじめ、漫画『タッチ』のヒロイン「浅倉南」のパロディで注目される。19年5月現在、日本テレビ『ヒルナンデス!』『世界の果てまでイッテQ!』、Eテレ『すイエんサー』、文化放送『ラジオのあさこ』などにレギュラー出演中。著書に『あぁ、だから一人はいやなんだ。』など

     

    わからないことを「わかりません」と言える正直な人と働きたい

     

    ――いとうさんが一緒に働きたい人の第一条件を教えていただけますか?

    「熱意がある人」かな。熱血でも静かに熱くても、熱の量は問わないんですけど、熱意をまったく感じられない人ってたまにいるんですよね。シンプルな例を挙げると、タクシーの運転手さんとか販売スタッフなど人に接する仕事なのに、お客さんに対して返事すらしない人。もちろん、毎日働いていれば、頭が少し痛いなという日もあれば、彼女とケンカしてむしゃくしゃしている日もあるでしょう。そういう事情があるかもしれないということはわかるし、愛想を求めているわけではないけれど、さすがに無表情で無言はどうかと思うんですよね。

    私は40歳になるまでお笑いの仕事だけでは食べていけず、レストランの配膳スタッフとか牛丼屋さんのアルバイトをしていて、接客の仕事がすごく好きだから、そういう人と出会うと残念すぎて。「◯◯って申し上げたんですけど、聞こえていますか?」と皮肉たっぷりに言ってしまう自分がいたりします。黙ってりゃいいのに、もう病気ですね(笑)。

    あと、一緒に働くなら、正直な人がいいです。例えば、事務所のマネージャーさんでも、テレビ局のスタッフさんでも新人さんというのは必ずいて、最初は誰でもわからないことがいっぱいだと思うんです。だから、失敗をしても一生懸命やっていれば、心の中で「がんばれ」って応援するんですけど、その場しのぎの嘘をついたり、ごまかす人には私、ちょっと厳しいです。わからないことはちゃんと「わかりません。確認してきます」と言える正直な人と働きたいです。

     

    ――逆に、いとうさん自身が働くうえで心がけていることはありますか?

    ベースとして「嘘をつかない」というのは割とずっと守っているかもしれません。なんて言うとちょっとカッコいいですけど、よく例えでお話しするのは、「結婚したいです」を言うか言わないか問題。女性の芸人で独身だからということで、バラエティ番組に出演する際ディレクターさんから「『結婚したい!』と言ってください」と言われることが一時期ありまして。

    で、本当に「結婚したい」と思っていたときは頼まれなくても言っていましたが(笑)。結婚に興味がない時には言いませんでした。だって、本当に思ってもいないことをその場しのぎで言って、別の現場で言っていることと一致しなかったら、「おや?」って思われてしまうじゃないですか。まあ、私の言葉にそこまで注目する人はいないかもしれないですけど、嘘をつくと、自分自身が落ち着かなくてイヤなんです。

     


    19歳で家出し、最初の仕事は派遣の配膳スタッフ。「初めてのお給料日に、働いてもらったお金のありがたさを知りました。お父ちゃんってすごいなとも感じましたね。仕事でイヤな思いをすることもあるだろうに家族のために稼いで。なのに私は19で家出。そう考えたら、本当に申し訳ないなとは思います」。

     

     

    苦労があっても楽しみながらやるということを、先輩の姿から学んだ

     

    ――芸人として影響を受けた先輩がいらっしゃったら、教えていただけますか?

    よくお名前を挙げさせていただいているのは、「カンニング」の竹山隆範さん、中島忠幸さん(故人)。おふたりには20代のころからお世話になって、おうちで大鍋にうどんを作って食べさせてくれたり、焼酎一本をどんと置いて「みんなで飲もう」と振る舞ってくれたり。

    中島さんとは一生忘れられない「お花見」の思い出もあります。私が30代前半まで住んでいた古いアパートの窓の外に、すごく立派な桜の木があったんですね。それを自慢していたら、中島さんが「じゃあ、あさこの部屋で花見をしよう」と言ってみんなで集まることになって。当日、駅に迎えに行くと、「どうせあさこん家には何もないだろ」と大量の餃子の材料と大きなホットプレートを抱えてきてくださって。おまけに中島さんは料理の腕前がプロ並みだったので、おひとりで200個分の餃子を、さらには「高級和牛」とパックに書いてあるお肉まで「餃子が焼けるまでこれを」と焼いてくださり、もう至れり尽くせり。その間に私たちは中島さんの提案で窓を外して桜がよく見えるようにして、窓枠にデスクライトをはめてライトアップ。美味しい餃子を頬張りながらみんなで見た桜がきれいで、きれいで。

    振り返れば、当時は中島さんや竹山さんもまだアルバイトをしていて、大変なこともたくさんあったと思うんですよ。それなのに、私たちにそんな素振りはまったく見せなくて。おふたりからは言葉でというより、その姿からさまざまなことを学ばせていただきました。苦労があっても楽しみながらやるということとか、後輩との接し方とか…。

    私がテレビに出はじめたときに中島さんはすでに亡くなっていて、すごくさみしかったのですが、竹山さんが自分のことのように私のテレビ出演を喜んでくださって。自分のことで誰かが喜んでくださるってうれしいじゃないですか。「じゃあ、頑張ろう」ってすごく励まされましたね。

     

    ――後輩の芸人さんと接する機会も多いと思いますが、応援したくなるのはどんな人でしょうか。

    楽しそうにやっていると、「お、こいつの話を聞いてみたいな」「飲みに誘ってみようかな」って思います。楽しそうと言っても、別に性格は明るくても、暗くておとなしくても関係ないんです。お笑いの仕事をしている動機も何だって構いません。純粋にお笑いが好きで好きでたまらなくてという人も素敵だし、モテるためにやってる人だって、そのために一生懸命人を笑わせようとする姿を見ると愛おしい。だけど、何だかやる気がなくて、「この人、何でこの仕事をやっているのかな?」と感じる人にはあまり近づかないですね。結局のところ、最初にお話ししたように、私は“熱意”“気持ち”のある人と働きたいんだと思います。

     


    駆け出し時代、芸人の先輩たちにはよく食事に連れて行ってもらった。「何もできないけれど、せめて盛り上げようと一生懸命おしゃべりしていました。絶対面白くなかったと思いますが(笑)。みなさん笑ってくださって。ありがたかったです」。

     

     

    腐ることもある。でも、腐り続けるのはつまらない

     

    ――最後に、学生の皆さんにメッセージをいただけますか?

    よく大人たちが「経験には無駄がない」と言ったりしますが、若いころはピンとこないものですよね。私はそうでした。30歳で『進ぬ!電波少年』というバラエティ番組の企画でタイの無人島で半年間サバイバル生活を送ったのですが、あまりに過酷でつら過ぎて、帰国した時にはもう半分ノイローゼ状態になっていたんでしょうね。みんなから「番組、観てたよ。人がなかなかできない経験ができてよかったね」と言ってもらっても、「何を言ってるの。世の中にはやらなくてもいい経験だってあるんだよ」とカンカンに怒ったりしていました。

    でも、10年後に「アナザースカイ」(海外の思い出の地や憧れの地をゲストが訪れる番組)に出演させていただくことになって。「どこにしますか?」と聞かれたときに、なぜか自分の口からその無人島の名前が出てきたんですよね。あんなに嫌でたまらなくて、「二度と来るもんか」と思っていたのに、ロケに出かけて、島が近づいてきたらわけのわからない感情があふれて泣けてきて。まさかの懐かしさすら感じました。

    思えば、テレビに出られるというだけでうれしくて、「やります」と言ってしまったサバイバル生活。「日本に帰ったら、人気者に!」と歯を食いしばって頑張ったのに、帰国後注目されることもなく、今のようにテレビに出していただけるようになるまでは『電波少年』から9年ほどかかりました。だから、「あんな経験、意味がなかった」と思っていたけれど、今となってはあの時の生活の話をしてお給金いただいたりしたわけで(笑)。まさに経験に無駄はないんだなぁ、と思いました。

    だから、古臭い言葉かもしれないけど、あらためて「無駄な経験はないよ」って皆さんに言いたいですね。まあ、渦中は腐ってしまうこともあるかもしれないですけど…。

     

    ――いとうさんもありましたか?

    アリアリです。事務所の誰も私が売れるなんて思っていなかったし、それを言葉で言われたことも何回もありましたからね。お恥ずかしい話、そんなときに「事務所が何もしてくれないから、売れないんだよ」って思っていた時期もあります。でも、腐っていても何も始まらないと思い直し、自分で開局したばかりのミニFMに行って「お金はいりませんから、1時間DJをやらせてもらえませんか?」と営業をしたりしていました。そうやって動くうちに「何だか、面白いヤツがいるな」と応援してくれる人が出てきたんです。

    仕事ってうまくいくことばかりじゃないから、腐ることもある。でも、腐り続けるのはつまらないって思いますね。ま、割と根に持つタイプなんで、売れない時期に冷たくされた人のこととかは一生忘れませんけれども。「あいつ、『おはようございます』って言ったのに、思いっ切り無視した〜!」とか(笑)。

    Information

    いとうあさこお誕生日会『ミネラル 〜涙の数だけ塩を舐めるよ〜』
    40歳の誕生日を機に始めた恒例の単独ライブが2019年6月17日(月)に東京・四谷区民ホールにて開催される。ネタあり、歌あり、ダンスあり、××あり。10回目の今回はどんなライブを見せてくれるのか、楽しみだ。
    詳細はhttps://www.maseki.co.jp/live/asako_live2019

     

     

    取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康

     

    「INTERVIEW こんな人と働きたい!」バックナンバーはこちら