2019.02.01

INTERVIEW こんな人と働きたい!  Vol.10 竹俣 紅/ 女流棋士・タレント

各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。

周りが気持ちよく過ごせる立ち居振る舞いの人は素敵だし、私もそうありたい


たけまた・べに●1998年、東京生まれ。6歳から将棋を始め、森内俊之九段に師事。2012年、14歳で女流プロ入り。現在、女流初段(19年3月31日をもって日本将棋連盟を退会)。渋谷教育学園渋谷中学・高校卒業。17年、早稲田大学政治経済学部入学(経済学科)。タレントとしても活動しており、高校時代にフジテレビ系列『ワイドナショー』に出演して一躍有名に。クイズ番組や情報番組などに多数出演している。

 

14歳で将棋のプロに。「大人の常識」に戸惑った時期もあった

 

――6歳から将棋を始め、14歳で女流棋士に。一方で17歳から芸能事務所に所属し、TBS『東大王』やフジテレビの情報番組『Mr.サンデー』などに出演されています。将棋界、芸能界の両方でさまざまな社会人と接する中で、「一緒に仕事がしやすい」と感じるのはどんな人ですか?

相手の気持ちに配慮できる、いい意味の「忖度(そんたく)」ができる方ですとスムーズに仕事ができて、ありがたいなと感じます。ただ最近思うのは、仕事というのは極端な話、どんなに嫌いな人とでも目的を共有していればできるものなんじゃないかなと。人間だから、相性もあると思うのですが、個人の好き嫌いはあくまでも公私の「私」の部分。プロとして尊敬できる方たちを見ていますと、私情をはさまず、どんな人とも協力できることが大事なのかなと感じますし、私もそう心がけています。

 

――社会人経験の長い人でも、なかなかできないことだと思います。とてもしっかりした職業観をお持ちですが、10代で社会に出て戸惑われたことはありませんでしたか?

中学2年生で女流棋士になり、将棋界は少し特殊とはいえ半分大人の社会に出たので、学校との違いに驚いたり、悩んだこともいろいろとありました。学校は社会の縮図ではありますが、実際の社会とは全然違うなと感じました。例えば、自分の意見の伝え方。学校では「自分の思ったことははっきり言いなさい」と教わっていたのですが、社会に出ると、言い回しを柔らかくしないと物事が円滑に運ばない場面もあります。学校の授業ではそういうことは習わないので、「オトナ語」のノウハウ本を読んだりして勉強しました(笑)。

仕事で悩んだときには、学校の先生にも相談していました。「先生、この間、こういうことがあったんですけど…」と話すと、「それは大人の社会では常識だよ」とか「それは大人でもちょっとあり得ないね」と判定をしてくださったりして。親に相談するとどうしても娘の味方になってしまいますが、学校の先生は客観的な意見をくださるので、とても助かりました。そうやっていろいろ学んで、今は社会というのはこういうものなのかなということが少しわかるようになってきました。

 


大学では将棋部に所属している。「プロの将棋は個人戦ですが、学生将棋には団体戦があります。団体戦では研究した手をみんなで共有し、チームで勝ちを目指す。こういう将棋もあるんだと新鮮でした」と竹俣さん。

 

 

検索サイトで調べて出会った「お手本にしたい社会人」

 

――これまでお仕事をされてきて、影響を受けたり、「お手本にしたい」と感じる人との出会いがありましたら、教えていただけますか?

たくさんありますが、将棋界の女性でひとりだけお名前を挙げさせていただくなら、清水市代先生(女流六段)です。清水先生の対局の記録係をさせていただいたことがあり、立ち居振る舞いの美しさに感銘を受けました。対局中の棋士は前かがみになったり、体でリズムを取りながら考えたり、動作が大きくなることが多いのですが、清水先生はいつも背筋がまっすぐで、微動だにしないんです。落ち着いた所作に芯の強さを感じました。あと、将棋界以外ですと、2017年に芸能界を引退されたアイドルの嗣永桃子(ももち)さんの姿勢にも影響を受けました。

 

――ご面識が?

いえ、お会いしたことはないんです。女流棋士になって指導対局やイベントなどでファンの方と接する機会が多くなったのですが、初めての経験だったので、皆さんとどう接していいのかわからなくて、ググッたんです。そうしたら、検索結果に「握手会で自分から手を握ってくれる」「誰に対しても態度が変わらず、笑顔で話す」といったももちさんのエピソードがたくさん出てきて。「ああ、こういう風に接すると、ファンの方は喜んでくださるんだな」と勉強になりました。

私はアイドルではありませんから、「ファンサービスを考える必要はない」と思う方もいるかもしれませんが、イベントなどでファンの方とお会いできるのはほんの一瞬。限られた時間で「来てくださってうれしい」という感謝の気持ちをお伝するには、伝え方も大事だと思って、ももちさんの姿勢をお手本に中学生なりに工夫をしていました。こういうことは学校では教えてくれないので、当時の私にはググるしかなかったです(笑)。

芸能界で仕事を始めたのは、高校時代に自分の対局料を知ったのがきっかけ。「女流棋士という職業を持ちながら、それだけではまったく自立できていないことに気づき、何かほかにも職業を持たなければと考えました」。

 

 

将棋界での出会いを大切に、新しい職業を見つけていきたい

 

――最近はクイズ番組の解答者や情報番組のコメンテーターとしても活躍されています。収録の合間にほかの出演者の方々とお話をされたりは?

皆さん、よく声をかけてくださってうれしいです。前室でご一緒した皆さんと問題を出し合ったり、クイズ番組のスタジオでシイタケのVTRが流れた時に隣に座っていたやくみつるさんがシイタケの雑学を教えてくださったり。そうやって出演者同士のコミュニケーションが取れていると、本番でも話しやすいんです。だから、最近は私もできるだけ自分から皆さんとお話しするようにしています。先日もコメンテーターとして出演した情報番組の収録で、休憩中に共演者の方と番組で取り上げるニュースについて放送中には話せないようなぶっちゃけトークで盛り上がりました。私自身の緊張もほぐれるし、すごくいいなあと思っています。どんな世界でも、周囲が気持ちよく過ごせる立ち居振る舞いの人は素敵ですし、私もそうありたいですね。

 

――情報番組では特に、出演者の方々の中で竹俣さんが一番お若いということも多いのでは? 学生から「世代が違う人とどう話していいのかわからない」という話もよく聞きますが、竹俣さんの場合はいかがでしたか?

私の場合、小学生のころから将棋道場に通っていて、老若男女さまざまな方と接していたので、一般の学生よりは年上の方とお話しすることに慣れていました。だから、年齢差があるからお話しするのが怖いというようなことはなかったです。将棋をやっていてよかったことのひとつかもしれませんね。

 

――2018年末に、19年3月いっぱいで女流棋士を卒業されることを発表されました。今後、「こんな世界で、こんな人と働いてみたい」というイメージはお持ちですか?

具体的なことはまだ何も考えていません。小さいころから将棋が好きで、何となくプロを目指すようになり、中学生で女流棋士になりましたが、当時は「好きなことを職業にする」という価値観しか自分の中になくて。大学に入り、さまざまな価値観に触れたことで、新しい世界を見てみたいと思うようになりました。でも、将棋のことは変わらず好きですし、プロを経験させてもらえて本当に良かった。一度「これをやりたい」と思ったら止められない性格なので、もし、あの時、女流棋士になっていなかったら絶対に後悔していたと思います。

しかも、将棋界でプロになったおかげで早い時期から社会の一端を見ることができ、将棋を通していろいろな方に出会うことができました。この出会いを大切に、新しい職業を見つけていきたい。就職活動にもチャレンジしてみたいと思っています。

 

取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康

 

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