2018.12.03

INTERVIEW こんな人と働きたい!  Vol.8 矢部 太郎 / お笑い芸人

各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。

チームに一人でも熱意を持った人がいると、結果が違ってくる

やべ・たろう●1977年生まれ、東京都出身。96年、東京学芸大学国際教育学部入学。2004年、単位不足で除籍。1997年11月、入江慎也とお笑いコンビ・カラテカを結成。99年、「進ぬ! 電波少年」の企画「電波少年的○○人を笑わしに行こう」に初めてレギュラー出演し、4カ国語を習得。2007年、国家資格である気象予報士資格を取得。現在は芸人としてライブやバラエティ番組に出演するほか、舞台や映画、ドラマで俳優としても活躍している。16年には雑誌「小説新潮」にて漫画の連載を開始。18年7月、コミックエッセイ『大家さんと僕』が朝日新聞社主催第22回「手塚治虫文化賞 短編賞」を受賞。趣味は読書、音楽鑑賞、ファミコン。特技は絵画、空手。

 

「人から言われたことをやるのが好きです」

 

――なぜお笑いの道に?

相方の入江君(入江慎也さん)と高校の同級生で、彼が当時から「芸人になりたい」と言っていたんですね。何でも、雑誌の「女子にモテる職業ランキング」で「芸人」が2位に入っていたとかで…。

それで、入江君が何人かに「一緒にお笑いをやろう」と声をかけたんですけど、みんな断って…。僕だけが断り切れなくて、コンビを組んだのが芸人になったきっかけです。

 

――断り切れなくて。

はい。でも、やってみたら楽しくて。

さすがにプロになるのは無理かなと思って、僕は大学に進学したんですけど、入江君がやっぱりお笑いをやりたいということで、吉本の劇場のオーディションをお試しに受けたんですね。そうしたら、受かっちゃって。

 

――おお!

あ、いえ、3組しか出場していなかったんです。ネタもあまりウケなかったんですけど、コントの後のトークで司会の先輩が僕の風貌をイジってくれて、なんか…あの、なんとかなったんです。それで、勘違いしちゃって…。

1回ライブに出たら、「来月も出る?」と声をかけてもらえ、少しずつ出番が増えて、いつの間にか芸人になっていました。

 

――「しゃべるのがあまり得意ではない」とよくおっしゃっています。芸人として「向いていないかな」と悩まれたことは?

今も思ってます。こういうインタビュー、向いていないんじゃないかと。

 

――(苦笑)

ただ、お笑いの仕事そのものは楽しいし、向いていなくても、何とかなります。周りの人が「お前、向いていないなあ」とツッコミを入れてくれたら、それもまた面白いし。

お笑いの仕事って、たいてい誰かと一緒にやるじゃないですか。それが助かるんです。僕にはピンで芸人をやれるような才能はないと思うので、入江君を含め、周りの人たちがなんとかしてくれて続けられているなという気持ちはすごくありますね。

 

――自分から何か働きかけるというのは得意じゃないタイプですか?

あ、得意じゃないと思います。人から言われたことをやるのが好きです。

 

――そうなんですね。

責任も負わなくていい感じがして、ラクだなあと。「入江君に誘われたから、芸人をやっている」というのも、なんかこう、僕に責任がない感じがして。あと…。

 

――あと?

人から言われたことをやるのが好きなのは、多分、自分にはない発想をもらえたりするからだと思います。「え、そんなことが!」という発見があって…。自分を評価するのは他人だから、「自分発信」よりも「他人発信」のものをやった方がうまくいきやすいような気がするんです。

 

新人時代から、周囲に助けられることが多かったという。「あ、僕、見た目の影響もあるかもしれないんですけど、みんな優しくしてくれるんです。こんな感じの人につらく当たらないんじゃないですかね」と矢部さんは言うが、理由はそれだけではないはずだ。

 

 

『大家さんと僕』の大ヒットの裏にあった、編集者のほとばしるような熱意

 

――初めてお描きになった漫画『大家さんと僕』(2017年10月発売)の累計販売部数が70万部(2018年11月現在)を超えたとか。

あ…。ありがとうございます。

『大家さんと僕』を描いたのも、お仕事でご一緒したことのある漫画原作家の倉科遼先生に「大家さんとの話はすごくいいから、何か作品にしてみたら?」と勧めていただいたのがきっかけでした。よしもとの出版部に推薦までしてくださって、「小説新潮」で連載ができることになって…。倉科先生がいらっしゃらなかったら、自分が描いた漫画が本になるなんてこと、なかったと思います。

 

――おまけに、いきなりの大ヒットです。

すごくびっくりしました。こんなに皆さんに読んでいただけるなんて、僕はまったく想像していなくて…。でも、担当の編集者さんは最初からずっと「絶対に売れる作品です」とおっしゃって、すごく熱意を持って本づくりをしてくださいました。

宣伝も、一生懸命やってくださったんです。最初はやっぱり予算があまりなかったんですけど、書店さんや関係者に試し読みしてもらうための小冊子を作ってくれて。その小冊子の最後のページに手書きで文章を書いてくれたんです。そういうことって別にその文章がなくても支障はないし、通り一遍の文章でもいいかもしれないんですけど、とても気持ちのこもったもので…。

その小冊子をプライベートな集まりでいろいろな方に配らせてもらったら、皆さん「本当に出すのか!」と一緒に喜んでくれました。女優の平愛梨さんは編集者さんの文章を読んで「私もこの人と同じように、“応援したい”って気持ちになった」と言ってくれて、ブログで紹介してくれたり、帯にコメントまでくれて。

編集者さんはそのほかにもSNSでこまめに発信したり、できる限りのことをしてくださって。結構、僕、人見知りなので、なかなか心を開けないんですけど、あの…。今は、その人とは目を見て話せます。

 

――(笑)。

初めて描いた作品で、売れるかどうかなんてわからなくても、編集者さんが一緒にいてくれるとなんだか心強くて。チームに熱意のある人がひとりでもいると、足りないものも補えるんだなとすごく感じました。

やっぱり、どんなお仕事でも、「言われたから」とか「このくらいでいいや」と思いながらやった結果と、本気で熱意を持って取り組んだ結果というのは全然違うと思うんですよね。

 

「仕事をしてきて、いつも何となく思っているのは、ラクをしようと手を抜くと、かえって遠回りになるなあと。できることを全力でやった方が、結局、ラクというか…。なんて、雑誌のインタビューで木村拓哉さんが言っていたことの受け売りなんですけど」。

 

 

突破口を開いてくれる人がそばにいると、「ありがたいなあ」と思う

 

――これまでお仕事をされてきて、「この人と一緒だと、元気がでるな」とか「心地いいな」と感じるのはどんな人ですか?

そうですね…。無条件に笑顔でいてくれる人だと、楽しいなと思います。

 

――やはり、不機嫌な人よりは…。

はい。僕、「機嫌がいい」って一番大事なことだと思います。

あと、「こういう人がひとりそばにいてくれるといいな」と思うのは、えーと…恥をかいてくれる人。そういう人がいるといいですよね。

 

――「恥をかいてくれる人」ですか。

なんか、こう…。話し合いでみんなが考え込んでしまっているような時に、最初に意見を言って、「いやあ、絶対ないだろう、それ」とツッコミを入れられるようなことをやってくれるような。突破口を開いてくれるというんでしょうか。そういう人って、「すごくいいなあ」と思います。

 

――矢部さんご自身は?

いや、もう、僕は最後に橋を渡るタイプです。みんなが渡り切った後で(笑)。だからこそ、そういう人がいてくれると、「ありがたいなあ」と。入江君とかもそうなんですけど…。

舞台やドラマの仕事って、撮影が難航して場が硬直する時もありますよね。そういう時に、率先して風穴を開けてくれる人がいると、すごく事態が好転する。それってどんな仕事でも同じなんじゃないかなと思うんです。

 

取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康

 

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