2018.06.04

INTERVIEW こんな人と働きたい!  Vol.2 田中 光 / お笑い芸人

各界の著名人に、これまでに出会った、プロとしてすごいと思った人、影響を受けた人など「こんな人と一緒に働きたい!」と思う人物像をインタビュー。

モノづくりへの愛情が深い人たちと一緒に仕事をすると、楽しいし、いいものができる

たなか・ひかる●1982年生まれ。京都精華大学芸術学部版画学科中退。2001年幼なじみとお笑いコンビ「ゼミナールキッチン」を結成し、大阪よしもとで10年間活動。11年より活動の場を東京に移し、14年よりピン芸人に。13年4月からツイッターやブログで公開を始めた1コマ漫画『サラリーマン山崎シゲル』が14年に書籍化(ポニーキャニオン)され、シリーズ累計23万部を超えるヒットに。近年は漫画家としての活動が忙しくなっており、最新作(18年5月現在)は『カラオケ流星群』(講談社)。
公式ブログ
 https://ameblo.jp/hikarulabo/

 

仕事で影響を受けた人、助けてもらった人は数え切れないほどいる

 

――まずは田中さんがこれまでに仕事で影響を受けたり、助けてもらった人たちについてうかがえたらと思うのですが、漫画を描きはじめたのは、「ピース」の又吉直樹さんのアドバイスがきっかけだったとか?

絵は小さいころから好きだったんですけど、芸人を志してからは「漫才以外のことをやるのは負けや」と、13年間絵を描くことを封印していたんです。もう、めちゃくちゃトンがっていましたから。でも、30歳を過ぎても売れなくて、崖っぷちの状況になって…。

 

――はい。

表現方法がどうとか言っている場合じゃない、とにかく世に出なければと思ったんですね。そんな時に又吉さんから「何か特技があったら、伸ばした方がいいよ」と言ってもらって、自分にできるのは絵を描くくらいかなあと。

 

――そうやって描いた漫画をツイッターやブログで公開したら、『サラリーマン山崎シゲル』(以下『山崎シゲル』が話題に!

又吉さんをはじめいろいろな有名人の方たちがSNSで取り上げてくれたおかげなんです。単行本の出版が決まった時には女優の二階堂ふみさんがツイッターでリツイートしてくれて、翌日からフォロワー数が1日に1万人のペースで増えました。

 

――二階堂さんとご面識はあったんですか?

ありませんでした。それだけに、ものすごくうれしかったです。おまけに、『山崎シゲル』は初版5000部でスタートする予定だったんですけど、インターネットの評判が大きくなっているからということで初版3万部に増えました。

 

――1巻目の販売部数は10万部に達し、いまやシリーズ累計23万部を超えるとか。

周りに助けていただいているおかげです。あの…僕はずっと人に助けを求めるのが苦手だったんですよ。でも、芸人として追い詰められて、思い切って助けを求めたら、応えてくれる人がいっぱいいました。しかも、助けてくれるだけでなく僕のやることを面白がってくれた。励まされましたね。だから、仕事で影響を受けた人、助けてもらった人は数え切れないほどいますよ。

2014年に発売された書籍第1弾『サラリーマン山崎シゲル」では発売前にAmazon.co.jp本のベストセラーランキング1位を獲得。すでに第4弾の発売までに至った。

 

モノづくりへの愛情が深い人と仕事をすると、楽しいし、いいものができる

 

――仕事を一緒にしてきた仲間に限定すると、具体的に思い浮かぶのは?

そうですねえ。ポニーキャニオンの清水陽さんと、マネージャーの岩橋貴子との出会いがなかったら、今の僕はなかったと思います。

 

――ポニーキャニオンの清水さん?

はい。『山崎シゲル』の編集者です。清水さんはもともと映像制作の部署でお笑いのDVDなどを担当されていて、岩橋と打ち合わせの機会があったんですね。その時に僕の作品をまとめた小冊子を見てくださったらしいんです。で、「面白いね」と言ってくれたんですけど、こういう場合、たいていはそこで終わるんですよ。

 

――面白くても、出版社でもないし、芸人さんの漫画をどう売り出せばいいかすぐにイメージしにくいですものね。かと言って、出版社に売り込みに行っても、新人の漫画をいきなり本にしてくれるところはなさそうですし…。

そうなんです。ところが、たまたまポニーキャニオンが新たに書籍部門を取り扱うことになり、清水さんが本の企画が出せるということで、「始まったばかりでいろいろ試せる時期だから、今のうちに『山崎シゲル』を出そう」と扉を開いてくれたんです。

 

――新設の部署なら、実績を出さなければとプレッシャーもあったはず。そこであえて新人の作品をと判断したのは、田中さんに才能を感じたということですよね。

そう言っていただけるのはありがたいですが、デビューの時点では多分、清水さんと岩橋との信頼関係が大きかったと思うんです。ふたりとも「面白いもの、ヤバイものを作りたい」というモノ作りへの愛情が深いんですよ。だから、僕もいいものを作ろうと一生懸命できた。才能があったのではなく、ふたりに力を引き出してもらえたんです。モノづくりへの愛情がある人たちと一緒に仕事をすると楽しいし、売れる、売れないにかかわらず、いいものができることが多いのではと思います。

 

自分への期待が伝わってくると、大変でもやり切ろうと思える

 

――逆に、一緒に仕事をしていて「しんどいな」と感じる人っていますか?

うーん、そうですねえ。原稿に何度も修正が入ると、正直、「しんどいな」とは感じます。ただ、やり直しが多くても、「面白いものを作りたい」という気持ちが一致していれば、最終的には「気持ち良く仕事ができたな」と感じることは多いですよ。

例えば、あるIT企業からの漫画の依頼で、何度もやり直しをしたのですが、担当者の方が僕に期待をしてくれていることがすごく伝わってきたんですよ。「いやいや、あなたならもっと面白いものを書けるでしょ」という感じでうまくノセてくれた。だから、何度やり直しになっても、最後までやり切ろうと思えたんです。逆に、あまりにやり取りがあっさりし過ぎていて、「あれ? 本当に満足してもらえたかな」と感じることもたまにあります。まあ、直しはないにこしたことはありませんけど(笑)。

 

――今後一緒に仕事をしたいと思う人はいますか?

います、います。事務所に元芸人で放送作家になった子がいて、その子もやっぱりモノづくりが心底好きなんです。「松本りぞっと」という名前で、「まっちゃん」と呼んでいるんですけど。よく飲みながら「僕も芸人としてもっと力をつけるから、まっちゃんも頑張って、いつか一緒にヘンなものを作ろうな」と話しています。

僕にとって漫画はペンで大喜利をやっているようなもので、お笑いと変わらないし、芸人だからこそ描ける漫画や、漫画だからこそ表現できる笑いがあると思っています。でも、芸人としても漫画家としてもまだまだこれから。後輩に負けないよう頑張らなければと思っています。

 

仕事をするのは「人」。同じ能力なら、仲の良い人を絶対選ぶはず

マネージャーと田中さんの信頼関係から生まれた『山崎シゲル』。周りと協力するからよいものができるし、なにより楽しい。

――「一緒に仕事をしたい」と周りから思われる人になるために、後輩世代にアドバイスをいただけますか?

いや、そんな、僕がアドバイスできることなんてないですよ。事務所の20代の芸人さんたちと話すと、みんなお笑いへの情熱がちゃんとあるし、周囲への気配りもできる。僕が彼らのころよりもずっとしっかりしていると頼もしく感じています。ただ、ひとつだけ言えることがあるとすると、誰かに仕事を依頼する時って能力ももちろん大事なんですけど、同じ能力なら、仲の良い人、信頼関係のある人を絶対選ぶと思うんですよ。仕事をするのは「人」ですもん。

 

――確かに。

ですよね。だから、僕、芸人になって10年目に今の事務所に移った時に、ことあるごとに事務所に遊びに行ったんです。根は社交性ゼロなのにかなり気張って。というのも、僕は当時暗いコントをコンビでやっていて、前の事務所では一部のマニアックな好みの放送作家さんやスタッフさんには応援してもらっていたものの、存在感が薄かったんですね。だから、今度はとにかく事務所の人と仲良くなって、覚えてもらおうと考えたんです。

 

――自分たちの笑いを理解してもらおうと努力されたんですね。

いやいや、そんなキレイな話ではなくて、とにかく仕事を回してもらおうと下心満々でした(笑)。でも、結果的に、岩橋が僕らのネタを好きだと言ってくれて、目をかけてくれるようになった。「この子ら、面白い。売りたい」と1人のマネージャーがちゃんと思ってくれたというのは、本当に大きかったです。岩橋がどこに行くにも僕の作品の資料をカバンに入れて、訪問先で見せて回ってくれたからこそ『山崎シゲル』も誕生できたわけですし。僕はお笑いの仕事が好きですけど、『山崎シゲル』の前は、しんどい仕事だなと思うことも多かったんですよ。

 

――なかなか芽が出なかったからですか?

売れないのもそうなんですけど、なんかすべてを自分たちで何とかしなければいけない気になっていたんですね。でも、今は「面白いものを作りたい」という目標が一緒で、力を貸してくれる人が周りにいるから、しんどい時も楽しい。まあ、会社員ではないので、生活の不安にはいつもおびえていますけど(笑)。

 

 

取材・文/泉 彩子 撮影/刑部友康